∧終末の(うた)



ープロローグー

 そっと闇が私の内側を侵食していく・・・、それは怖いくらい優しくて・・、私は遠い昔、母に抱かれた温もりを思い出した。
 世界がこんな風に変わってくのならそれはなんと素晴らしいことだろう・・・。
 痛みもない・・、苦しみもない・・、悲しみもない・・、喜びもない・・・、在るのはただ深く優しい闇だけ・・。そうだ・・・世界がこんな風に変わっていくならそれはとてもとても素晴らしい。
 すでに私に肉体と呼べるものは無かった。何故なら私は生命という一つの形を失ってしまったのだから・・。ゆらゆらと眼下で街の灯が燃えている。私はそれが何だかひどく不快な煩わしい物のように感じていた。
 私は自分の内に広がる闇をそっと世界中に伸ばした。それはひどくゆっくりとだが着実に侵食していく・・・。私は思った。
 あの全てを消しさって優しい闇で包んであげようと・・・。

 第二話 日常は意味も無く
        ただ静かに崩壊する

ー1ー
 花がある。目の前にある小さな花。名前はよく知らないけどこの花がアタシは何となく気になってるとこだ。理由はお隣さんがよく水をやっている花だから・・・、ただそれだけ。
 アタシのお隣さんは無愛想この上なく、いつも小憎らしいほど冷めていて、まあ・・好意的見解をするならば超然とした神秘的な雰囲気をその身に纏っているとでも言おうか・・・。どう言ったらいいのだろう・・ともかく基本的に変人なのだ。そんな・・、ああ、彼の名は幸人、真丈幸人。アタシはユーキって呼んでるんだけど、ユーキの奴は飽きることなく毎日ベランダに出てきてはこの花に水をやっている・・。だからアタシは何となくこの花が気になっていた・・。
 アタシは彼に花の名を尋ねたことがあるが、
「知らないし、知りたいとも思わないな・・」
 とまったく持ってユーキらしい答えが返ってきた。何でも彼の叔父さんが海外から送ってくれたものだそうで、彼は枯らすと悪いからという理由で毎日水をやっているらしい。
 だが、アタシはユーキが叔父さんのこと好きじゃないのを知ってたから・・、その叔父さんが送ってきた花に水をあげるユーキに何となく違和感を感じていた。
 アタシはユーキに何故叔父さんを嫌うのか聞いてみたことがある。その時、ユーキはいつも通りの醒めた口調で、
「嫌いなわけじゃない・・・、ただ少し距離を置いていたいだけさ・・」
 と呟くように言った。
「でも、ユーキが優雅な一人暮らしをマンキツできるのは叔父さんのお蔭な訳でしょ?じゃあ、もう少し感謝してもいいんじゃない?」
「感謝はしてる。俺がこうやって好き勝手やれるのも叔父さんの助力があればこそだからな・・」
「それなら・・・」
 アタシはユーキに続けて言ってやろうとしたのだが、一瞬だけユーキの表に寂しいような哀しいような色が浮かんだ気がして、その時はそれ以上言葉を続けることができなかった。

 とにかくそんな訳で、アタシは退屈な授業をまるっきり無視して、教室でただ一つ空いている机の上に置かれている花をぼんやりと見ていた。それは数日前までは普通にそこに居た少女の席、今は誰も居ない席・・。少女のために誰かが持ってきたであろうその花はユーキが毎日水をやっているあの白い花にどことなく似ていたから・・。

 午後の日差しが教室に差し込んでくる・・・。昼食をとって眠くなる五限目は睡魔との闘いだ。少しうつらうつらしながらもアタシは退屈な授業を聞き流す。
 どうしてこの教師の授業はこんなにつまらないんだろう?昼食直後の一番眠くなる時間帯だというのに、アタシが校長ならこの時間には教師の中でも凄腕のエースを持ってくるだろうに。この時間にこの教師・・、眠ってくださいと言っているようなもんだ。

 アタシの席は前から3番目、結構教師に目をつけられやすい。船を漕ごうものなら一発で当てられるだろう。こうやって余所見をしてるだけでも危険なのだが・・、 
 しかし、もうどおでもいい・・。午後の日差しがそうさせるのか
「ふぁっ・・」小さな欠伸を一つかみころし、アタシは何気なく窓側に視線を移した。
 見ると先ほどまでアタシの思考の中に入り込んでいた奴が呆れるくらい堂々と寝ていた。船を漕ぐこともせず、完全に『寝』の体勢だ。 確かに奴の席は比較的教師から見つかりにくい。だが、あんなに堂々と寝られるとモヤモヤと胸に怒りがこみ上げてくる、こっちは船を漕ぐことすら警戒しているというに・・・。
 こやつ、堂々と寝おってからに・・・、許せんっ!!
 しかし、アタシが怒り心頭に達し、消しゴム弾を奴の頭目掛けて放とうとすると、不意に当人が起きて窓の外を見やった。
 アタシもつられて外を見るが、何一つ変わったものは見出せない。
 何だろう?ここからは見えないのかな?そう思い元凶に視線を戻し私は息を飲んだ。
 そいつ・・・、真丈幸人が、あの鉄面皮ユーキがこともあろうに驚愕の表情を浮かべていたから・・・。
 ユーキのあんな顔、めったに見ない・・。いつも悟りきったようなすまし顔のユーキは憎たらしいほど沈着冷静な奴なのだ。
 驚いた顔など付き合いの長いアタシですら何度か見たことがある程度だ。
 いったい何があったんだろう?
 だが、アタシが興味深々で、もう一度外を見やろうとした時、

「真丈幸人、この設問を解いてみろ」

 教師がユーキを指名した。だが、ユーキは相変わらずの表情のまま固まったように動かない。

「真丈、真丈幸人」

 もう一度、名前を呼ばれたユーキはハッと気づいたように我に返り、「はい?」と間の抜けた返事をする。

「聞いていなかったのかね。テキストの63ページだ」

 不機嫌な声で教師が解答を促すが、ユーキの奴は「わかりません」と即答して、考え込むような姿勢をとる。その態度に少しコメカミに青筋をたてながらも教師は次の獲物を探すように教室内を見渡した。
 そして新たな獲物を決め、名を呼ぼうとした所で、さらに「すいません」と声が掛けられる。ユーキの奴だ。どうしたんだろ?なんだか嬉しそう・・。表情はまったく変わっていなかったけど、なんとなくアタシにはそんな気がした。

 教師は不機嫌を通り越して怒りの篭った眼差しでユーキを睨みつけていたが、気分が悪いというユーキの言葉に邪魔者は消えてもらった方がいいとでも考えたのだろう。保健室に行くように指示をだした。

「保健委員は真丈を保健室に連れて行ってあげなさい」

「はーいっ、わっかりましたー」

 勢いよく返事をしてアタシは立ち上がる。何を隠そうこのクラスの保健委員はアタシなのだ。アタシが立ち上がるのを見て、ユーキの奴はアタシの方へ警戒の視線を投げかける。続いて口を開き、何事か述べようとしたのだろうが、アタシが天使の微笑みをユーキに向けた途端、素直に口をつぐんでくれた。
 ふふっ、判っているじゃないかユーキの奴。

「じゃ、行こっか」
 
 ユーキの奴が何か目で訴えてくるが、そんなものは無視してアタシは彼の手を取り、一緒に教室を抜け出した。


ー2ー

 教室を出るとアタシ達はそのまま保健室の方へ歩き出した。ちらりと後ろみてみると、当人のユーキが微かに戸惑ったような(多分、他の誰が見てもわからない)表情をしている。だがしかし、アタシはこれっぽっちも気にしない。
 いつもの無愛想な顔に不機嫌のエッセンスを加えているけど、ユーキの奴は何も言ってこない。長年の付き合いからアタシに下手に手出しすると必ず手痛い反撃がくることを熟知しているのだろう。むっつりと押し黙ったまま、スタスタと後をついてくる。
 しかし、しかーし、先刻のユーキのめったに見せない表情といい、素早く授業をブッチしようとした態度といい、ユーキがこのアタシに何か隠しているのは確かだ。長い付き合いだからそれくらいはわかる。あの何事にも無関心なユーキがこうも積極的に動くのは極めて珍しい・・・。よほど面白い物を見つけたに違いないのだ・・・。
 くふふっ、ユーキの奴、アタシに介入して欲しくないのだろうが、そうは問屋がおろしませんって。誰しも面白いことは公平に分け合うべきだ。そう内なるアタシの魂(野次馬根性とも言う)が告げているっ!!
 だぁがしかしっ、直接ユーキに尋ねてみてもきゃつは素直に答えはすまい・・。正直、頭が良い分、口だけは回るユーキに正攻法で攻めても勝てる見込みはゼロ。言いくるめられるのが関の山だ・・。
 そこであたしは関係ない話題から攻めてみることにした。

「ユーキ!何ぼーっとしてんの?もしかして恋煩いとか?」

 いきなりくるりと回転すると指をびしぃっとユーキに向かって突きつける。この時、やや角度を斜めにして、相手を覗き込むようにして観るのがポイントだ(もっともアタシの身長ではたいてい見上げてしまうのだが・・・)。指を突きつけるというコウイは相手の精神状態をぐらつかせ、そこから一気に叩き込めば交渉を有利に持ち込める。そう何かの本で読んだ気がする。
 加えて陰で結構人気がある癖に一向にその手の話がないユーキはこういった話に免疫があるまい・・・・。こいつをネタにして攻めれば、いくら難攻不落のユーキでも突破口ぐらいは開けるはずなのだ。
 
 けれども、アタシの完璧な作戦は次のユーキの行動であっさりとお釈迦になった。
 こともあろうにコヤツはアタシを完璧に無視すると足早に脇をスルーしやがりやがった・・・。

「ちょ、ちょっと待て、無視することないだろ。おい、ユーキ!」

 アタシは慌てて振り返り、ユーキの背中に声を掛けようとする。しかし、アタシが振り向いた時、すでにユーキの背中は10mほど彼方へ遠ざかっていた。

「おいっ!ちょっと、待てったら・・。こらユーキィィーーッ!」

 叫びながらアタシは急いでユーキの後を追った。ユーキはダッシュでそのまま階段を飛ぶような勢いで下りていく。アタシも必死で追いかけるが、元々あっちの方が足が速いのに初速で思いっきり出遅れては勝ち目などない。一階に下りた時点でアタシはすでにユーキを見失っていた。

「はぁ、はぁ・・・、ユーキめ・・報復を恐れぬとは・・・・」

 荒い息を整えながら独りごちる。ユーキのことだから上手く誤魔化そうとはするだろうと予測はしていた。だが、まさかいきなり逃げ出すとは計算外だ・・・。

「どうやら・・・、本当に何か見つけたみたいね・・・」

 呟きながらトコトコと早歩きで校内を進む。あのユーキがああまでして知られたくない事・・・、よほどの事に違いない。なんとしても探り出さねば・・・。
 頭の中でユーキの行きそうな場所を推測してみる。
 ユーキは窓の外を見て、驚愕の表情を浮かべた。そしてその後、即行で教室を抜け出し、アタシを置き去りにしたまま、階段を下りていった・・・。

「外・・・かな・・・?」

 だが、一口に外と言っても山の上にあるだけあって結構この学校の敷地は広い。情報がそれだけでは目星のつけようがなかった。
 
「う〜〜〜ん・・・・」

 アタシは唸りながら校内をしばらく歩いた。

 窓の外を見ると穏やかな午後の風に吹かれて並木が揺れている。ゆらゆらと風に吹かれながら木々が揺れる様はなんだか心が休まる。この時期、この学校の三年生は心休まる暇なんてないのだろう。受験まであと数ヶ月を切り、志望校目指して誰もが必死に受験のための知識を頭の中に詰め込んでいる。
 必死に勉強をして良い大学に行くこと自体、悪いことじゃないと思う。ただどれくらいの人間が明確な目的を持って大学という一つの停車駅に向かうのだろう?
 アタシは一応、受験勉強なんてものをしているが、大学にはいってやりたい事は?なんて聞かれても答えることはできない。それを見つけるために大学に行くなんていう子も何人かいるけど、アタシはそれはただ自分の中の問題を取りあえず見ないようにしているだけのような気がする。
 アタシは最近、自分自身が何処にいるかわからない、漠然とした不安感に包まれる時がある。もしかして誰もがこの不安感を紛らすためにいずこか行くべき場所を探し続けているんじゃないだろうか?

 ふらふらと意味もなく校内を彷徨いながら思考に囚われる。一旦、教室に戻ろうかとも考えたが、なんとなく戻るのは嫌な気分だった。

 そうして気が付くとアタシは何故か屋上に立ち、そいつと対峙していた・・・。


ー3ー

 ドアを開けた途端、目に飛び込んできたのは異常な光景だった。

 昼下がりの午後、雲ひとつない空の下、屋上には強い風が吹き抜けていく。かなり強い風で、普通に立っていても少し押される感じだ。スカートを抑えながら一歩、屋上に入ると、

 その中心、吹きつける強風に抗すでもなく、流れるでもなく、超然とその少年が立っていた。

 だがそれは異常な光景だった。黒い、人の頭ほどの大きさの黒い塊・・・、そうとしか言い表せない奇妙な物体が空中にいくつも浮かんでおり、そいつが少年を中心にしてぐるぐると回っているのだ・・・。

 少年は学舎にそぐわない真っ黒な革をつなぎ合わせたようなやたら露出度の高い服を着ていて、さらに先がねじれた棒を両手で持っている。
 少年自身の身長よりはるかに長いその棒を振りまわす度に、少年の周りを乱舞している黒い塊がシュッとまるで中空に溶けるように消えていく。

 演舞の如き優雅な動作で少年は長い棒を縦横に振るい、黒い塊を次々と消していく。どうやらこれは『戦い』のようだ。

 けっこう長く感じられたが実際はほんの一分ほどの出来事だったろう。少年は周囲を飛び回っていた黒い塊を残らず消しさると、こちらに向き直り、呆然とするアタシに向かって口を開いた。

「ん?君だれ?おかしいなーー、此処には誰も来れないはずなんだけど・・」

 そう言いながら少年は大仰に手を広げて見せたりする。

 アタシは改めてそいつを見た。多分、歳はアタシより2〜3下になるのだろうか?黒い格好とまったく同じ色の短い髪と猫を連想させる瞳。不敵な面構えだけど、まあ綺麗な顔立ちをしている。背はアタシと同じくらい。ということはかなり低い。
 
「ふふっ、驚いた?まあ、無理もないか・・、どう見ても君、普通の人間だし・・。まあ、この光景を見れば、僕が人じゃないってことぐらい理解できるよね?」

 あの格好はイカれているとしか思えない。アタシはよく知らないけど所謂ボンテージと呼ばれるファッションのようだ。黒い革を張り合わせたような服はまあ、動きやすそうではあるが、この寒い時期に着るのは露出狂か変態か・・・とにかくまともな思考の持ち主ではないだろう。

「う〜ん、困ったな・・・、あまり人に見られちゃいけないんだけどなぁ」

 ぽりぽりと頭をかきながら、少年は無造作にこちらに近寄ってきた。近寄るにつれ、少年の手にした奇妙な形の凶器が先端から黒い光を迸らせ、それが一つの刃を形作る。それは巨大な鎌のような形だった。死神の鎌とやらがあるのならあんな形をしているに違いない。

 やばい・・・、とアタシの勘が警告を発する。あの少年が手にした物からは、言い表すことのできない禍々しいなんというのだろう?狂気のようなものを感じる・・。
 普通じゃない・・・。逃げなきゃ・・・、そう思うが何故か体は動かず・・・。

 少年はアタシの3メートルぐらい手前まで来ると、ピタリと立ち止まり、微笑んだ。
そして、

「ごめん、悪いけど、死んでね」

 少年が呟くと同時にアタシの頭の上を凄まじい勢いで突風が通り過ぎた。
 僥倖だった。アタシはその凶器を後ろに下がって避けようとして滑り、その場に転んでしまったのだ。
 数本の髪が宙に舞う。少年が繰り出した凶器の一撃は凄まじい勢いで空間を薙ぎ、直後、パリンッと昇降口のドアについているガラスが砕け散った。昇降口のドアまで距離にして10メートルはあるはずだ。もしアタシが後ろに下がっていたらどうなっていたか・・・、想像し背筋が寒くなる。

「お、すごーい。これを避けるなんて・・・君、やるねぇ・・」

 少年はクスリと笑い、再び凶器を持ち替える。

「でも、転んじゃったね。そこからどうするの?」

 楽しそうな笑みを浮かべる少年にアタシは恐怖した。こいつは少年の姿をしているが別のものだ。向けられてくる殺意は無邪気で、まるで玩具で遊ぶ子供のよう・・。アタシは獰猛な獣の爪に捕われた哀れな小動物を連想した。
 でも・・・、

(冗談じゃないっ!!こんなとこで、あっさり殺されてやるもんかっ!!)

−ブォンッ−

 少年が再び凶器を振り下ろす。その一撃をアタシは地面を転がりなんとかかわした。ごろごろと地面を無様に転がりながら後退する。制服が盛大に汚れただろうがそんなことは気にしてられない。

「ふふっ、まるで地虫だねぇ・・」

 明らかにこいつは遊んでいる・・・。さっきの一撃も本気ならばアタシなどすでにこの世にいないだろう・・。ちっぽけな小娘ひとりどうとでも出来ると思っているのだろう。
 でも、こいつはアタシを、吉野勇という人間を知らない。吉野勇はたとえどんな絶望的な状況に陥っても絶対にあきらめない。この身体も心も最後の瞬間まで、生き抜こうとあがき続ける。そう誓ったから・・・・。

 その余裕後悔させてやる・・・。アタシは立ち上がると、我知らず上唇を舐め、少年を睨んだ。

「本気でこないの?」

 慎重に、少しずつ後退しながら挑発してみる。

「ふふっ、おもしろいこというねぇ。でも本気を出したら一瞬で終わっちゃうだろ?それじゃ楽しくないじゃない?」

 少年はわざとらしくゆっくりとアタシが下がるのに合わせるように近づいてくる。
 一歩、二歩、三歩・・・・、足を後ろにやる作業がこの上なくゆっくりと感じられる。
 世界全体がスローモーションのように流れていく。
 あと少し・・・、遅々とした時間の流れに焦りを感じながらもアタシは慎重に後ろへと歩を進める。時間が止まったような錯覚を覚える・・・。
 だけど、実際はほんの数十秒、体感では数時間ほどかけて・・・、アタシはついに目的のものに足先で触れ、そいつを手に取った。

「へえ・・・、君、そんなもので僕を倒せると思ってるの?」

 アタシは答えず、手にしたガラス片を少年の方に向けた。さっきの一撃で砕け散ったガラスの破片だ。あいつの言うとおり、こんなもので切りかかっても倒せるはずはない。かかっていく前にあの凶器で真っ二つになるのがおちだろう・・。そもそもアタシは武道とか剣道とかその類はやったこともないので、使い方もよくわからないし・・・・。
 だけど・・・・、

「いいや・・。やってごらんよ。次で決めるからさ・・」

 くすりと笑みを漏らし、少年はさらに数歩、踏み込んでくる。
 そして、そのまま死の凶器を水平に構え、

「バイバイ・・・」

 と呟いた。
 この瞬間をアタシは待っていた。少年が死の凶器を振るおうとした刹那、アタシは構えていたガラスの破片を調節して、反射した太陽の光を少年の目に合わせた。

「くっ!」

 反射光が少年の瞳に吸い込まれ、目をくらませることに成功する。
 次の瞬間、アタシを薙ぐはずだった少年の一撃は僅かに狙いを外し、アタシの頬を掠めてそれた。
 千載一遇のチャンス。
 アタシはいっきに少年の足元まで飛び、所謂、急所と呼ばれる・・乙女が口にするのはちょいとNGな場所に、渾身の蹴りをくらわした。

「ぐっ!!」

 素晴らしい速度と勢いをつけた一撃は狙いを違うことなく、クリーンヒットし、少年はその場に倒れこむ。
 
「思い知ったかっ!!この変態っ!!」

 怒鳴りつけてみたものの、たぶん聞こえてはいまい。以前、一度だけ、漫画で覚えたこの技を試す機会があったのだが・・・・、その時の犠牲者は完全に悶絶してしまい、次の日は学校を休んだ。アタシにはよくわからないが、男の子にとってはちょっとしゃれにならないくらいの痛みなのだろう・・。

「おーい、生きてる?」

 声を掛けてみるがまったく反応はない。地面に倒れ伏した少年はさきほどまでの圧迫感はなく、どこにでもいる普通の少年のように見える。さっきまで手にしていた凶器はいつの間にか消えてしまっている。
 なんとも不思議なことだが、まあ、この少年自体、不思議なのだからその武器も普通ではないのかもしれない。

「もしもし?聞こえますかー」

 ぴくりとも動かない少年にアタシは少し不安を覚えた。まさか死んじゃいないよね・・・。我ながら容赦無用のかなりきつい一撃だったとは思うが、こっちも殺されかけたのだ・・・、これは正当防衛というやつではなかろうか・・・。

「ねえ・・・」

 さすがにまったく動かないのはおかしい・・・。もしかして気絶してるのかな?
 そう思い、少年に触れようとした途端、

 ふっ、と目の前から少年の姿が完全に消失した。

「えっ・・・」

 驚いたのもほんの一瞬、

 不意にぞくりと全身を何か得たいのしれないものが這い回るような感覚が走りぬけ、

 そして、あたしの世界は反転した。

「ふふっ、君に決めたよ・・・」

 意識が最後に途切れる瞬間、あの少年の声が聞こえたような気がした・・・・。